老舗醤油製造会社が海外進出!その社長の実態とは?

1885年創業の早川醤油味噌(宮崎県都城市)は、独自の乾燥技術を用いた粉末味噌「umami・so」を開発し、安全性に配慮した有機味噌の海外展開とともに販売を伸ばしている。
伝統食の新たな可能性を追求し、宮崎の味を広めるため、国内外を飛び回っている。
麦味噌は食物繊維が豊富で、あっさりとした味わい。
甘口醤油は、本醸造醤油にアミノ酸液などを加えたもの。
早川醤油も味噌も、南九州の定番商品として家庭だけでなく、各地の飲食店でも広く親しまれています。
宮崎県では、民放のテレビでもCMが放映されている。
通っていた小学校では、社会科見学で同社の工場が取り上げられた。薫さんが中学生の頃、地元都城市では「早川」というあだ名があまりにも有名で、最初に聞いた言葉は「味噌」だったという。
薫さんが中学生の時、兄から突然「お前は家業を継ぐんだ」と言われた。
地元では有名な企業の後継者として周囲から見られることにプレッシャーを感じていた薫さんは、大学卒業後、関西で医療コンサルタントとして働くことになった。
後継者としてのプレッシャーは全く感じず、高校生の頃にはもう『味噌や醤油を海外に広めたい』と思っていました。
当時、日本はすでに人口が減少していた。
全国味噌工業協同組合連合会によると、1973年に約59万トンあった味噌の生産量は徐々に減少し、2008年には約46万トンにまで落ち込んだ。
薫は、海外に販路を拡大しなければ、味噌・醤油の市場も自社も成長しないと考えた。
栃木県の大学に進学し、2011年4月にはアメリカのシカゴにあるイリノイ工科大学に留学した。
英語の勉強はもちろん、シカゴの企業でインターンシップを行い、ビジネスの現場を体験し、アメリカの食文化も学んだ。
他国の食材が「アメリカンスタイル」に進化するのを体験するうちに、”味噌や醤油はアメリカでも使える “というヒントを得たという。
ベテラン社員の気持ちはよくわかる。
ベンチャーに失敗して会社を失ったら立ち直れないし、現状維持も含めて変化することに抵抗があったのだろう。
しかし、ベテラン社員というハードルを乗り越えたとき、その経験は今後に活かされる励みになるはずです。
途中であきらめず、結果を出そうとする努力を評価し、応援しています。
今日は以上です!